KENSHIのブログ VitaminR2

コンサルタント・デザイナーとして活動中、内田憲志によるブログ。
 
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3.11

今年もやってきた3月11日。

東日本大震災から7年かぁ。

 

亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げると共に、

被災された皆様へお見舞い申し上げます。

 

 

 

もう7年?まだ7年?

 

こういう話はよくあるんだけど、

立場、視点、心情によって変わってくる。

 

7年あれば、小学1年生が中学2年生にまで成長する。

大人の立場だとあっという間。

でも、自分が子供の頃の感覚を思い出すと、

とてつもなく長く感じる年数だ。

 

被災地の様子も7年でかなり変わった。

しかし、原発事故関連のニュースは

「7年も経ってんのにまだ進展していないんか」

と思うようなことが多い。

 

先日もセシウムボールの存在が

報じられていたけど、何だよそれ。

まだ新しいネタが出てくるのかよ。

原子力って自分は何も分からないけど、

ホント、未知のことが多そうだよね。

 

原発廃炉のスケジュール。

気が遠くなるよねぇ。あれを見ると

「まだ7年しかたってないのか!」

って思うわ。

 

 

 

 

ところで、東日本大震災は強烈な記憶を

私の中に残すことになったのだが、その要因は?

 

 

まず、自分の周りの人たちが

悲しい思いをたくさんしたこと。

ホント、どう言葉を掛ければ良いのか悩んだわ。

 

 

私自身の被害は少ない。

せいぜい、書棚がひっくり返ったとか些細なコト。

 

でもね、震災直後は帰宅難民になったり、

物流がマヒしたり、計画停電があったり。。。

自宅から数百メートルのところで

液状化現象もあった。

千葉県でも津波の被害があったしな。

まさか千葉で?って思ったもん。

 

それから原発の爆発な。あれには参った。

チェルノブイリの原発事故のことを

知っているから

「この辺も住めなくなるのか」と思ったもんだ。

近隣の放射線量はどんどん高くなるし、

水道水からセシウムが検出された、なんて言うし、

そんな環境下に子供達をいさせて大丈夫か?

ってホント不安だった。

 

今となっては「あんなこともあったよな」って

気楽に話せるんだけど、

当時は「この先どうなるんだ?」と

メチャクチャ不安な日々を過ごしたんだよ。

 

 

これまでの人生で、

台風、豪雨、通学路の土砂崩れなどは

経験したけど、いずれも大したことはない。

人生の危機とまで感じることはなかった。

だから、東日本大震災が、

初めて自分の身に危険を感じた災害だったのだ。

 

見えない不安との戦い。

 

それが長かったから精神面で結構疲れたよね。

ホント、当時は不安だったもん。

 

と言うか、

今でも放射線量高いところあるんじゃね?

という不安だけは拭えないのだが。

見えない不安ってのが一番厄介。

対処できないもんね。

 

 

さてと、しっかり生きていきましょう。

今は仕事が楽しいから幸せ♪

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